38
眩しい朝の光が射し込む保健室は明るかった。
不安な気持ちが掻き消されるようなその室内に、愛しい声が響いた。
『おはよう二宮。』
「…おはよう…ございます。」
デスクの椅子に座った相葉先生が俺を見つめた。
俺はゆっくり近づいて、先生の膝の前で立ち止まる。
「ネクタイを…」
『あぁ…』
屈んで顔を近づける俺の首に、白衣のポケットから出したネクタイを掛ける。
俺は先生の頰を挟んで、ゆっくりキスをした。
触れただけのキス。
目を開くと、不安に揺れる黒い瞳が視線を逸らす。
「結んでください…ネクタイ」
『…随分厚かましいんだな』
「遠慮してたら…逃げられそうだもん」
相葉先生は困った顔をしてネクタイを結ぶ。
『…結んだら…んぅっ!!…っん!…二宮っ!』
俺は相葉先生の唇をしっかり奪った。
さっきみたいに触れるようなだけのキスじゃない。しっかり舌を差し込んだディープなヤツだ。
慌てる相葉先生に次の言葉なんて言わせなかった。
「お願いだから…お願いだから帰れとか言わないでっ!!」
相葉先生は怒鳴る俺にビックリした様子だった。
先生とゆっくり視線を交わす。
「好き…大好きです。」
『二宮…俺はもう…』
「生徒は信じない?俺はその子じゃないよ…ねぇ…俺を見て…好きです。先生…俺を…拒まないで」
相葉先生は俯いた。
『おまえは悪くない…おまえは…こっち側じゃなかっただけだ』
俺は相葉先生に抱きついた。
「分かったんだ…先生…俺は…確かにこっち側じゃない…多分ね…それで正解。だって…俺はちゃんと先生を…愛してるよ」
相葉先生がグゥッと俺の胸元を押した。
それから、サラサラの髪を揺らしながらギュッと目を瞑り頭を左右に振った。
『愛してるなんて…クソガキが言ってんじゃねぇよ…おまえは……やっぱり分かってなんかない』
重く絞り出すように呟く言葉は…
俺には聞こえない。
愛しい相葉先生
俺を見て。
こんなに
あなたが好きなんだ。
ギュッと相葉先生の首に手を掛けた。先生の首に、自分の指が食い込んでいくのが分かる。
「ちゃんと…俺を見て…ちゃんと先生の事!愛すからっ!ちゃんとっ!ねぇっ!」
『にっ!の…みやっ…』
首を絞められた先生は掠れる声で、俺の名を呼んだ。
俺はゆっくり首に回した手を解く。
『ゲホッ!ゲホッ!…』
先生が首を押さえながらむせかえる。
「苦しかった?ごめんなさい…ごめんなさい…先生…大丈夫?」
肩に手を掛けると、振り払われた。
『もうっ…俺に構うな」
「わかんない人だなぁ…俺はこっち側じゃない。あんたの遊びに付き合う側じゃない。…俺はちゃんと…先生が好きなんだよ」
先生は俺を睨み付けた。
「そんな目で睨んだってダメだよ。分かってて…俺に手を出したんでしょ?次は間違わないように…先生は慎重だった…先生は」
『やめろっ!!…やめてくれ…俺は…そんなに…強くない』
先生の本音がポロリ…
先生が俺を避ける理由。
教えてあげなくちゃ。
「先生…」
俺はサラサラの髪を撫でながら、椅子に座る相葉先生の頭を屈んで抱き寄せた。
甘い香りが…制服に移る。
「あなたは…俺が好きだよ。」
『二宮…俺の為に…おまえを犠牲に出来ない。…俺は…おまえが怖い…』
俺は初めて…色を見た。
むせかえる程の色彩が飛び散って…
俺を飲み込む。
もう…手遅れだ。
俺なんて、犠牲にすれば良い。
先生が大好きだよ。
相葉先生…
あなたは…無意識に俺を選んで
それは多分
成功したんだよ。
こっち側…つまり快楽だけを求め合う仲間。
そうならどんなに先生は楽だったかな。
そうだったら、あなたはとっくに…俺の相手なんかしなくなってる。
俺は…初めからあなたに選ばれたこっち側とは、逆の人間。
あなたが選んだんだよ。
あなたが…俺を好きになったんだ。
相葉先生は
俺の事が
好きなんだよ。