43
先生の家の玄関前、鍵を差し込む指先を見つめていた。
もう、きっと何をしていても愛おしい。
開いた玄関。
中へ入る時、先生が俺の手を引いた。
躊躇している俺を知ってだろうか…。もしそうだとしたら、男前にも程がある。
ローファーを脱いで顔を上げると、先生が優しく笑って手を繋いでくれた。
耳まで真っ赤になってしまう。
広いリビングの茶色いソファーに促され座った。
『コーヒー飲むか?』
「…要らない」
そう呟き隣に座る先生に抱きついた。
『二宮…』
「先生は…どんな目に遭ったの?…どんな風に…傷ついたの?」
先生は溜息を吐いて俺の頭を抱きしめ、そのままソファーに倒れ込んだ。
仰向けになった先生の上に、俺が乗っかった状態。
『何でそんな事を気にする?…聞いてどうする』
「…傷を…塞ぐんだよ」
俺は先生の首筋に顔を埋めてギュッとしがみついた。
『くふふ…生意気だなぁ…』
「好きなくせに…」
強気で居ないと、足元から崩れそうだった。
『…昔々あるところに』
「ふざけないでよ」
『バーカ…ふざけてないよ。保健の先生と生徒が居ました。生徒は保健の先生を好きだと言い、毎日アタックします。先生は…誤ってそれを受け入れてしまい…生徒の毒牙にかかります。…先生は……』
首筋に顔を埋めていた俺は、先生が黙るのを変に感じ、手を突いて顔を覗き込んだ。
腕で目元を隠し、先生は、小さく震えていた。
俺は、そっと唇にキスをする。
「先生…好きだよ」
『ふ…ふふ…二の舞だ…俺は簡単にお前に恋をして…あんな思い…二度としたくないのに…』
腕で隠した先生の目元から涙が耳に向かって流れる。
「あんな…思い…」
『どこからともなく…噂は流れた。生徒が、俺にそそのかされたんだと…俺に犯されたんだとうそぶいた…。ふれ回った。俺は…代わりなんか居ない程…補えない程…アイツを愛していた。裏切りは…一度俺を殺したよ。…だけど…それだけじゃ済まなかった。アイツはリーダーシップを取り、俺にあらゆる嫌がらせを始めた。幼稚なものから、社会生活を奪いかねないものまで…だから…だったら、そうなってやろうって…思ったんだよ。』
先生の涙は鈍い輝きを放つ黒い瞳から流れ落ちては湧き上がった。
あぁ…なんて涙を流すんだよ…腹ワタが…煮えくり変える
『俺は沢山の生徒を犯した。きちんと、噂通りの工程で写真やビデオを回し、非道に努めた。そうしたら…フフ…いつのまにか、こっち側の人間が増えて来た…』
「こっち側…」
俺はピクンと反応して、呟いた。
『あぁ…こっち側だよ。先生、遊びましょうって犯して下さいって…おかしなもんだよな…無茶苦茶にしてやろうってのに…そういうのが楽な奴が集まり始める…俺は何も…復讐出来てなかったんだよ…ただ、こっち側の人間に歓迎されて、なんなら弄ばれ続けてたのは俺かも知れない。だけど…』
「やめられなかった?…悪を…演じてる自分を…」
先生は黙り込んで俺をソファーに沈めた。
『演じる?…あぁ…そうだな…俺は結局…演じていた。少しも非道な悪人教師じゃなかった!アイツにっ!何もっ!何もっ……』
ポタポタと
先生の涙が降ってくる
苦しそうに眉間に皺を寄せて…キツく閉じた瞳から
ポタポタと
先生の涙が降ってきて
俺は
「許せない」と
呟いた。