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勘の鋭い人なら、俺と松本さんの関係に気づくだろうか…。

相葉さんはまるで気付いていない。

後ろを振り返ると、もう既に仕事を始めた彼の背中があった。

ポケットの携帯が鳴る。

俺はそれを確認して席を立った。

一階上の階のトイレ。

書いてあった文字はそれだけ。

相手は勿論、松本さんだった。

朝から随分不機嫌だった分、二人きりになるのは怖かった。

ましてや、ここは会社のビルだ。

何か事を起こせば、相葉さんの側にいる事は簡単に叶わなくなる。

だけど…それは同時に松本さんにだって言える事だ。

俺如きの為に職を失うような馬鹿な真似はしない。

俺は強気にトイレへ入った。

洗面台の前で髪のセットを整えていた松本さんがチラッと俺を確認する。

「ぉ…おはよ」

「さっき会ったじゃん…挨拶、してなかったっけ…おはよう」

何だか冷たいな。

素っ気ない…。

「朝…何かあったの?櫻井主任と言い合ってた」

「あぁ…何かって程でもないよ。…仕事は上手くいってる。上手く行ったから…栄転…花形部署への移動に次いだ昇進だとよ」

「へ、へぇ…やっぱ凄いね…完璧な松本さんに」

「潤だっ!…今は二人だろ…こっち来いよ…」

俺は小さく溜息を吐いて松本さんに歩み寄った。

「この階…物置きみたいな部屋と会議室しかないから人来ないんだよ。」

耳元で囁かれる。

「知ってるよ…するの?」

「…しないよ。…ニノ、嫌そうだし…」

ギュッと抱きしめられて、首筋にキスされる。

「お前さ…相葉くんの彼女…嵌めただろ」

腰を引き寄せる松本さんは耳たぶを噛みながら囁いた。

「っ!!…な、何で?」

「あれだけやってんだ、そこ壊してないわけないじゃん。写真送りつけた犯人が上がって無いのが良い証拠だよ。お前が相葉くんを…すげぇ…好きなのは分かった。」

「何言って」

「俺が被ってやるよ」

「だ、だからっ!何を」

松本さんは俺の頰を包んで額を合わせて来た。

長い睫毛が影を作った顔は美しくて、俺は見上げた目を逸らせない。

「俺さぁ…マジでお前の事、すげぇ好きみたい。だから…お前を助けてやるよ」

「じゅ、潤、さっきからさ、何いっちゃってんだよ」

「俺、本社ビルに移動。お前の超上司になっちまうんだぜ…断ったけど…主任がよく考えろって…櫻井主任…ずっと俺の事、気にかけて世話してくれてたし、あの人に迷惑かけられねぇんだよ。だから…お前と相葉くんの邪魔すんのも終わりにして…出世してやろうかなぁって。おまえと居ると…俺らしくないから…やなんだよ。」

松本さんが優しく頰を撫でて俺の髪に指を通す。

「潤…」

「一回で良いからさ…好きって言ってよ」

悲しそうに微笑む松本さんに、俺は唇を噛み締めた。

「んで…何でっ?!何で俺なんか好きになっちゃうんだよっ!!潤ならっ!潤ならどんな人だって手に入る!俺みたいに冴えなくて、暗いストーカーの変態じゃなくたって!素敵な人がもっと簡単に手に入っ!!っんぅ!!」

いつもそうだ。

ワガママで、身勝手なキスをして…

自己防衛する卑怯者。

離れた唇が囁いた。

「好きって…言えよ…忘れるから。お前なんか…忘れてやるからさぁっ!」

「…潤…ごめん…ごめん…」

松本さんはゆっくり俺を抱きしめた。

「ニノ…簡単に手に入る物に囲まれてるとさ、お前みたいな馬鹿にハマっちゃうんだよ。好きって言わないお前も好きだし、多分好きって簡単に言うお前でも好きだったよ。」

「やめてよ…俺は…」

松本さんの肩に額を寝かす。

「お前はダメな奴だよ。俺が居なきゃダメだったって…思えばいい」

俺は潤ませた目を見開いて松本さんを見つめた。

綺麗な顔が傾いて、深く唇が重なる。

クチュ クチュッと気持ち良い唾液の絡む音が、俺の瞼をゆっくり閉めた。

ただ気持ちが良い快楽のキス。

松本さんにとっては…たとえそうじゃないとしても。

ただ

ただ

快楽だけのキスなんだ。

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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