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その日は長くて、まるで時間が経たなかった。
あれからオフィスに戻った松本さんは、相葉さんと立ち話をして笑っていた。
相葉さんに肩を抱かれ、照れたように笑いながら、何か約束を交わし、ハイタッチしてから拳を付き合わせ肩を組んで盛り上がっていた。
きっと昇進の話を切り出し、今晩の約束がなされたんだ。
今晩、俺の楽しみだった犯罪行為が消滅する。
たった一つ…
手の平の中の合鍵を残して。
松本さんに言い切らなかった。
大金をつんで合鍵を手に入れた事。
どうしても
言えなかった。
仕事を終えて、いつも通りにパソコンを立ち上げる。
イヤホンをして、相葉さんの部屋を眺めた。
暗闇。
まだ帰宅してない。
少し仕事が残ってるって言ってたしな…。
今日は松本さんと家で飲むから来ないかって誘われた。
俺たちの事も話したい…なんて言ってた。
だけど、俺は上手く演技して、今日は参加出来ないと伝えてこうして先に帰宅していた。
缶ビールを片手にソファーで膝を抱くと、ノートパソコンをローテーブルに置いてジッと暗闇を眺めていた。
松本さんが…俺の事を守るとも限らない。
まだそんな事を考えたりした。
あんなに俺を好きだと言うのに、それを信じてしまえば良いのに…
腐った心は疑心暗鬼だ。
もし裏切ったら?
もし…裏切ったら…。
俺はどうするって言うんだろう。
もう、朝、あの人が電車でうたた寝する事さえ見れなくなって
会社で後ろの席から聞こえる鼻にかかった優しい声を聞く事もなくなる。
俺は多分、刑務所に入って…
相葉さんに
会えなくなる。