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翌朝のゴミの日、俺は最後の悪事を消し去る覚悟を決めた。
相葉さんの家から持ち出したネクタイだ。
彼のお気に入りに違いないこのネクタイを…
持っている訳にはいかないんだ。
それでも、俺はまだ少し諦めきれずに、その薄いグリーンのネクタイを頰に寄せた。
ほんの少し残る相葉さんの香水の香りにうっとり目を閉じて、やっぱり持っていたいな…なんて考えてしまう。
俯いて頭を左右に小さく振って、黒いごみ袋にソレを投げ込んだ。
急いで袋の口を縛って視界からその存在を追いやる。
ストレスだろう小さな苛立ちに、親指の爪をギリギリと噛んでしまう。
ガチ ガチっと歯が爪を擦る。
「っ痛……はぁ…何やってんだよ俺」
また裂けてしまった傷を見て、松本さんの気分悪い”じゃぁーな”が浮かんだ。
本物の相葉さんが手に入った。
まさかの事態だし、夢にまで見た妄想が叶った瞬間でもある。
なのに…
不安で仕方ない。
動かない間接的な相葉さんは、俺から逃げる事はなく、俺の思うがまま。
そう、このネクタイみたいにだ。
でも、生身の相葉さんはきっと気持ちが揺れて、いつか俺の側から居なくなる。
そんな喪失感を味わう自分を想像しては身震いした。
そうならない様に慎重に…
そうならない様に…
なんて無駄な策を考える。
相葉さんは…
いつまで俺を好きだろうか。
相葉さんが居なくなるなんて考えられない。
俺は血の滲んだ爪を舐めて、ゴミ袋を握った。
ゴミの収集場に縛ったゴミ袋を放り投げる。
あぁ…あの中に…あんなに愛しいあなたの欠片が混ざってる…。
俺は取り戻しそうになった自分の手首を掴んだ。
「ダメだろっ!…ダメなんだよ…」
松本さんの顔が何度だって浮かんだ。
俺を散々好きと言って、俺を甘やかして、簡単に身を引いた松本さんが。
どうやら俺にも、罪悪感はあるらしい。
彼が俺に言った最後の言葉。
(………じゃぁーなっ。)
それはどんな気持ちで…
俺に呟いたんだろうと思うと、やっぱり俺はまともになって、相葉さんと向き合うのが正しい気がした。
ゴミ袋の中の相葉さんの欠片を見つめる。
途中、近所のおばさんに体当たりされ体がよろめいた。
「あら、ごめんなさいっ!ずっと立ってらっしゃるから!」
俺は小さく会釈して、遠慮がちにゴミステーションを離れた。
背後で、体当たりしたおばさんと、その仲間のおばさんがコソコソと陰口を叩く。
「気味が悪いったらないわぁ~、ゴミ袋ジーッと見ちゃって!ねぇ…」
「いやだわぁ、うちのゴミ袋漁られないかしら?」
「ヤダァッ!アハハッ!それならうちも気を付けなきゃっ!」
黙っていたら良いのに…
我慢出来なくて
振り返って微笑んだ。
「すみません、小汚いクソババアのゴミ袋を漁る趣味は僕にはありませんから。ご安心を」
「まぁっ!!!」
俺は一歩、また一歩とその場を離れた。
後ろで…
騒がしく荒れる主婦を気にも止めず。
俺の日常を邪魔して良いのは
相葉さんだけなんだよ?