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どこの駅で降りたんだろう。自分でもサッパリ分からない。
相葉さんは、怒ってるだろうか。
いや、呆れたよな…。
何にしても、俺と相葉さんは終わったに違いない。
ノンケのあの人をここまで困らせたんだ。
煩わしいだけじゃ済まない。
男と付き合った事を後悔してるに違いない。
土砂降りじゃないか…。
日頃の行いが悪過ぎるんだ。
もう、どうだっていいや。
もう、どうだって…。
豪雨にも近い雨の中、随分歩いた気がする。
ひと気の無い散歩道が作られた公園の中をだらしなく歩いていた。
パシャパシャと足音がする。
こんな日に公園に来る人はそう居ない。
足元ばかり見ていた俺は顔を上げて引き攣った。
「な、何で…何でだよ…」
後ずさった足が水溜りにパシャリと音を立てて浸かる。
『松潤ね、たまに悪戯するんだよ?多分さ…俺には言わないんだけど…アイツ…ニノが好きだったんだと思う。』
目の前にはずぶ濡れの相葉さん。
俺は頭を左右に振り続けた。
一歩、歩み寄られては一歩後ずさる。
革靴の中は水浸しだった。
靴下が足の指に張り付いて何とも言えない不快感を連れてくる。
『ニノの携帯にGPSのアプリ入れたらしい。こないだ食事した時じゃない?暗いアイツが、休日何してるか探ってやろうとしたんだって。悪趣味だって叱ったけど、今回ばっかりは助かったよ。朝、会社に来ないから連絡あったんだ。』
「ふふ、…本当、あの人、悪趣味だなぁ」
俺はニヤリと笑う松本さんを思い出し、自分がしていたような事を、まさか仕掛けられているなんて…マヌケにも程があるったらないせいで、自嘲の笑みが止まらなかった。
『ニノ…帰ろ』
相葉さんがずぶ濡れの手を差し出す。
俺は半歩後ずさって頭を左右に振った。
『ニノ…好きだよ。虹が消えた場所…他の人が忘れても、俺は忘れないよ?だから、ニノの事も、絶対忘れない。ニノが虹なら、俺、一生ニノを忘れない。大丈夫……絶対、忘れない』
虹が出て
綺麗だと思うんだけど…
人はいつも日常に忙しくて、その想いは淡く薄れて消えていく。
あの瞬間、俺は相葉さんがいつか俺を好きだという想いを忘れ、捨てられる日が来る事を咄嗟に重ねた。
虹が出ている間はとても綺麗だ。
だけど…
虹が消えてしまった意味の無い場所を
人は覚えていられるだろうか。
相葉さんは俺を
いつか忘れたくならないだろうか。
俺は、彼の忘れられない虹に
なれるんだろうか。
「俺はっ…俺はあなたが好き過ぎて怖い!こんなに幸せでっ!凄くっ!凄く怖いんだ!どうしょうもないくらい…あなたが好きで…怖くて怖くてっ!っっ!!」
ずぶ濡れの相葉さんは俺を抱きしめた。
一瞬、息が止まってしまうくらいの力強さで、いつもみたいに優しくない。
「ぁ…相葉さん…苦しいよ」
『離したら…また逃げるじゃん』
「…相葉さん…」
『もう、黙んなよ。つまんない事考えないで……一緒にいよう?…ずっと。ね?』
俺は相葉さんの腕の中で衝動が我慢出来ず、彼のスーツの襟を握り抱きついた。
落ち着く体温と、いつもの香り。
「好きだよぉ…好きだ…ぅ…うっ…愛して…る…愛してるんだ…」
縋るように彼を見上げると、優しい微笑みで俺の頰を撫でた。
『俺もだよ。愛してる。…ぁ…ニノっ!ホラっ!あそこ見て!』
相葉さんが向こう側の空を指さす。
そこには、止みかけた雨と、雨雲が立ち去って見える晴れ間から射す太陽の光が混じって、また大きな虹がかかっていた。
相葉さんが俺の頰に手をかけ、視線を合わせるよう顔の向きを変えられる。
ゆっくり唇が重なった。
雨で濡れた髪から雫が流れて、唇の隙間をぬって口に入ってくる。
「んっ…ふっ…はぁっ…」
深いキスに溺れるんじゃないかと思った。
そっと離れた唇が、額に触れてくる。瞼に…鼻先に…頰に…耳たぶに…首筋に…。
『ニノは…虹より…ずっと綺麗だから…だから俺は、ニノを忘れたり出来ないよ』
はにかんで
少し照れたあなたは
もう一度俺を抱きしめて
髪を優しく撫でながら
『大好きだよ』
と囁いた。
暫くすると、雨は完全に上がり、空は晴れて、虹は消えてしまった。
だけどきっと…
虹が消えたこの場所を
俺は忘れない。
あなたが、俺を忘れないって
そう言ってくれた場所だから。
すっかりずぶ濡れの俺たちは革靴がグチュグチュ鳴るのをクスクス笑い合った。
スーツが身体に張り付いて、髪もぺったんこで、気持ち悪いねと手を繋いだ。
何歩か歩いて、やっぱり抑えきれず
虹が消えた空の下で
俺は彼に
キスをした。
END