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人間はどちらか一方の側面で物事を捉えがちだ。
ドラマや映画のヒーローは悪を退治するけれど、本当の悪なんてこの世にいるんだろうか。
悪が育つ環境に
身を置いた事は
あるだろうか?
その日は
強い雨が降っていた。
紹介されたのは…そんな春が訪れる前の冷え込んだ2月の半ば。
「雅紀、今まで隠していてすまない。…彼は、腹違いのお前の兄弟…二宮和也くんだ。」
『………』
お袋は、俺が小さい時に病気で死んだ。
親父はそれほど大きくはないが、とある会社の社長ってヤツで、昔から金回りは良く、家には家政婦が居て、父親が自宅に帰って来る事はあまりなかった。
外に女がいる事なんて、幼いながらに分かりきっていたが…。
まさか兄弟まで居たなんて…下半身のダラシない男だ。
俺は高級ホテルのレストランで、ただ無表情に向かいに座る男の顔を見つめた。
親父に…似てないな。
色白で華奢、小柄な男だった。
年は一つ下…。
完全にお袋と被って付き合ってる。
不倫…
妾の子…
二宮和也と紹介された男はずっと俯いていた。
「彼のお母さんが…交通事故で亡くなったんだ。だから…私が面倒をみたいと…」
『いいんじゃねぇの?…てか、親父の子なんだろ?あんたにはそうする義務があるじゃん』
俺は高い高層階から見える夜景をボンヤリ見つめた。雨でボヤけて、街のネオンだけが光って見える。
視界のギリギリ端に入った弟という男の肩がピクンと揺れるのが見えた。
俺はゆっくり視線をやると、男は一瞬だけ俺を見て視線を逸らした。
琥珀色の瞳…母親譲りか…
俺は親父に似て黒目が濃いからな…
随分と人見知りなのか、一言も喋ろうとしない。
「雅紀、今日から彼も同じ家に住む事になる。…まぁただ、彼の意向で苗字やなんかは母親の物を使っていくという事だから実質、経済的支援をする程度で、互いに兄弟だと他人に知れる事もないだろう…とにかくそういう事だから…二人とも、どうか上手くやってくれ。」
ガタンと席を立つ親父を見上げる。
『は?で?あんたはここでおいとまって訳か?』
「悪いな、仕事が残ってる。失礼するよ。後は家政婦のキヨさんにも連絡してあるし…部屋に荷物も届いているだろう。じゃ、和也くん…雅紀と仲良く…頼んだよ。」
目の前の男は小さく会釈して視線さえ親父と合わせなかった。
親父が居なくなった高級ホテルの最上階のレストラン。
運ばれてくる料理に、たいして手も付けないまま食事が済んだ。
『…帰るか…』
俺が問いかけると、彼は黙って立ち上がった。
俺は軽く肩を竦め、レストランを出た。
会計は勿論親父が済ませていたし、ホテルのロビーに降りたら、支配人らしき男が車の用意が出来たと媚を売るように促された。
それを目の当たりにしながら、ただ無言で着いてくる弟という男。
車の後部座席に乗り込んでからも、互いに会話は全くなかった。
運転手が随分と気まずそうにバックミラーでチラチラと俺と彼の様子を盗み見ていた。
足を組んで頬杖をつきながら窓に打ちつける雨の流れを見つめる俺と、膝を揃えてそこに拳を乗せた彼とでは、兄弟というより、側から見れば、主人と使いの者に見えたかも知れない。
それも何だか面白くなくて、俺はますます額を窓ガラスに寝かしつけ、ボヤけて何も見えない車外をジッと見つめていた。