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家に帰ってくると、家政婦のキヨさんが広い玄関ホールで出迎えてくれる。
ジャケットを脱がせてくれて、俺はすぐ窮屈だった腕時計を外しにかかった。
後から入ってきた彼にも同じようにジャケットを預かろうとするキヨさんに、彼は首を振って断りをいれた。
「自分で…出来ます。」
ふぅん…どうやらこの状況にはしゃいでないのは確かだな…。
拒絶する態度を見て、俺はキヨさんに声をかけた。
『キヨさん、そのうち慣れるよ。…環境が違ってたんだ。仕方ない』
拒絶され、悲しそうな顔をしていたキヨさんがパッと明るい表情で頷いた。
「そうでございますね。坊ちゃん」
高齢のキヨさんはニコニコ微笑んで俺のジャケットを片付けに姿を消した。
ギロッと睨みつける視線を感じて彼を振り返る。
『甘えてやってくれないか?彼女はあれが仕事で、生き甲斐なんだ。…そう睨むなよ。仲良くしろって言われただろ?』
「環境が違ったんだ…仕方ないんじゃなかったか?」
『……くふふ…面白いな、お前。』
睨みつけてくる瞳の色が綺麗で、俺は少しだけ気分が高揚していたように思う。
「俺の部屋はどこだ?案内しろよ」
やっと喋ったかと思えば…随分と攻撃的だな…
キヨさんが戻って来る。
『キヨさん、コイツの部屋は?』
「坊ちゃんの向かいお部屋にご用意が。ご案内いたします」
『あぁ…いいよ、もう休みな。俺が案内するから。ありがとうキヨさん』
「坊ちゃん…ありがとうございます。では、おやすみなさいませ」
『うん。おやすみ。』
ニッコリ微笑んで少し曲がった背中を見送る。
「おやすみって…あの婆さんもこの家にすんでんのか?」
『あぁ…離れにね。…俺の育ての親みたいなもんだ。随分長い間働いてくれてる。…キヨさんには迷惑かけるなよ…彼女は心臓が強くないから…』
長い廊下を歩きながら呟いた。
後ろをついて来る男は何も言わなかった。
俺の部屋の前に着いて、向かいの部屋の扉を開く。
『ここがお前の部屋だ。荷物も…ってお前…』
およそ10畳以上はある個室の真ん中に、小さな段ボールがたった一つ置かれていた。
俺を押し退けて中に入り扉を閉めようとする。
その腕を掴んで振り向かせた。
「ちょっ!何だよっ!」
『何だよじゃねぇよっ!お前、ここに越して来たんだろ?流石に荷物それだけって事はないだろっ』
「コレだけだ。…お前に関係ない」
ブンッと掴んでいた腕を振り解かれた。
ドアは勢いよく閉まり、俺は勢いに驚きよろめきながら後ずさった。
『…はぁ?関係ないって!…ない事ねぇだろが…んだょ、くそっ…』
親子二人で暮らしていた家から出て来て段ボール一つって…
一体どんな暮らししてたっつーんだよ…
俺は向かいの自室に入りベッドに仰向けに寝込んで天井を見上げていた。
妾の子…
それなりに母一人子一人仲良くやって来たんだろうな…
本妻の子に恨み辛みがあっても…
当然か…。
親父も無茶な事言うよな…大学生にもなった子がいきなり兄弟出来ました!明日っから仲良しこよし!なんて上手くいく訳無いじゃねぇか。
『ハァ…クソ親父』