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バイトが終わる時間、店の外に人影を見る。
ホールの先輩が生ゴミを捨てに出て戻ると、俺に親指を逆手にして外を差しながら言った。
「おまえの連れが来てたぞ、外で傘持って。迎えか?」
『連れ?ですか?』
「あぁ、こないだの、ほら、ケーキの」
『っ!ちょっ!すみません!確認してきます!』
「おっ、お~、店の前だぞ~」
『うっす!』
俺は厨房から店の中を駆けて正面入り口から外へ出た。
バタバタと激しく傘を打ち付ける音に、右にやった視線をすぐ左に向ける。
そこには、少し肩を濡らしたニノが黒い傘を一本手に傘をさして立っていた。
駆け寄って二の腕を掴み軽く揺する。
『ニノっ!こんな雨ん中!風邪引くだろ!』
「あ、うん…でも、傘、持って行って無いって、キヨさんが心配してたから…」
『そうか…とにかく入れ!これ以上冷えるといくらあったかくなって来たからって、体に障るよ!』
「い、いいの?入って」
『構わないよ。もうクローズの片付けに入ってるから。そこ、座ってろ』
「うん」
ニノはちょこんと入り口の待ち合い席に座った。
少し内股になって座るのはクセなんだろう、仕草の一つ一つが中性的で、たまに幼い少女のように見えた。
「あ!ニノ!」
翔ちゃんがモップを手に裏から現れると、ニノに気付いて声を掛けた。
ニノはペコッと頭を下げて微笑む。
『傘、持って来てくれたんだ。』
俺が翔ちゃんに訳を話すと、目を細めて
「そっか、献身的だな。」
と呟く。
その言葉を聞いてニノが顔を赤らめる。
『翔ちゃん、俺、フロアのモップ変わるよ。厨房のヘルプ頼んでいいかな?』
「ガッテン承知の助ぇ~。ほらよ」
翔ちゃんはモップを俺に手渡すと頭の後ろで腕を組んで厨房に消えていった。
同じ空間に…二人きり。
俺は端からモップをかけて、待ち合いの椅子に座るニノに少しずつ近づく。
大人しく俺が掃除をする姿を見つめるニノのスニーカーにコツンとモップを当てた。
ニノが視線を靴に当たったモップから俺に移す。
見上げて来た瞬間を狙って唇に軽くキスをした。
ニノがカッと赤くなる。
腕で口元を隠してフイと視線を逸らされた。
『…可愛い』
「っ!ばっばかっ!」
『くふふ…バカでーす』
そんなささやかな触れ合い。
ささやかな愛情表現。
どれもがささやかで、それでいて…頼りない。
だけど…これが精一杯。
俺達は
これが精一杯。