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おーちゃんがスヤスヤと眠るニノの隣に布団をひと組み敷いてくれた。
ひと組…
これは彼からの優しさだ。
障子を閉めるおーちゃんの後ろ姿を見送り、毛布一枚で畳に眠るニノを抱え布団に移動させた。
泣き腫らした目の周りが赤くなっている。
いつまでもこんな風に泣かせるしか出来ないなら、いっそ離れるべきだ。
だけど…それは出来ない。
俺は…
俺は根性なしだけど、それでもこの愛らしい人を、誰かに渡したくはなかった。
ニノの隣りに横になり、そっと抱き寄せた。
「んっ…」
月明かりでニノの薄く開いた瞼の隙間から見えるブラウンの瞳がみるみる開いていった。
「なっ…んで…」
『許して…ニノ…俺はお前が思ってたような王子様じゃ…ないんだけど…全然、そんなんじゃないんだけど…弱虫で、怖がりで、意気地なしなんだけど…ニノが好きだよ…好きなんだ』
また、ニノの唇がプルプルと震える。
ギュッとその唇を一度噛み締めて、俺の胸元に顔を埋め、声を殺しながら泣き始めてしまった。
不安は二人の間で芽を出して、やがて厄介な華を咲かす。
それに水をやるように、他人の言葉が華を育てる。
摘み取らなくちゃならない。
何度も何度でも。
不安の華が育ったら
鋭利なハサミを使って根を絶つんだ。
だから
『俺を信じて』
「相葉さんはっ…ぅ……ずる…い…ずるいっ」
涙が月明かりで白い肌の上、キラキラ光る。
俺はその頰に口づけた。
『ズルいのも分かってるんだ。でも…離したくない…離れないでくれ』
二人の唇が重なる。
何度も重なり、息が乱れる。
頭を抱き寄せ、顔を傾け合う。
深く重なる唇と、荒い息遣いが風情ある和室に染み込んでいく。
『キヨさんには……話そうと思う。』
ゆっくりニノの前髪を撫で上げる。
丸い瞳が俺を見上げて、フイと視線を逸らせた。
「ダメだよ…キヨさん、心臓悪いのに…こんな事話したら…」
『ビックリするだろうね…だけど…きっと分かってくれる』
「分かってくれなかったら?」
『そうだなぁ…そん時は…俺が一度家を出るよ。…大学卒業まで…一人で暮らして、そこにニノは遊びに来るといい。』
「ヤダっ!ヤダよ…離れるくらいならっ!話さなくて良い!」
俺はニノを胸元に抱きしめて髪に口づけながら言った。
『離れるんじゃないよ…ゆっくり前に進むんだ…。きっと、これから先、俺たちの事を話せる人は限られていて、知られちゃいけない人に知られてしまったら…簡単に壊されるような関係だから…キヨさんには知られちゃいけない側の人で居て欲しくない。…ワガママで…ごめん』
ニノは深い溜息をつく。
「…分かったよ…さっきまで…もう相葉さんとこうする事なんて、叶わなくなったと思ってたんだ…それに比べたら、何でもどうって事ないね」
ぎゅうっと抱きしめ、小さな声でごめん…と返事を返した。
不安が無いわけじゃない。
キヨさんは分かってくれないかも知れない。
そうなったら、この話は親父の耳にだって入りかねない。
そうなれば、ニノがどんな目に遭うか…分かったもんじゃない。
だけど…そのリスクを背負ってでも…俺の周りに居る人に許されたい。
血の繋がりを
憎みたくない。
ニノは俺の弟で…
それでも抑えられない…
最愛の人だから。