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長い塀伝いに歩みを進める。門扉が開き、いつもと違って怪物にでも呑み込まれるんじゃないかと妙な気分だった。

玄関を入ると、いつものようにキヨさんが迎えてくれる。

「おはよう御座います、坊ちゃん」

『おはようキヨさん、ただいま』

「ただいまキヨさん」

「おかえりなさいませ、坊っちゃん、和也坊っちゃん。朝ごはんはどうなさいますか?」

『あぁ、おーちゃん家で頂いて来たんだ。』

「そうでしたか?智さんはお元気ですか?」

『うん、相変わらず絵を描いてるよ。あそこは良いね。東京とは思えない田舎の屋敷に迷い込んだみたいな家でね。紫陽花が庭にたくさん植わっていて、綺麗だったよ。ね、ニノ』

「あぁ、そうだね。綺麗だった。」

「そうでしたか。お友達のお家にもお二人でいくなんて、本当に仲がよろしい事」

俺とニノはキヨさんの言葉に一気に緊張して言葉に詰まる。

「どうかなさいましたか?」

キヨさんが異変に気付いて首を傾げる。

俺はキヨさんの肩に手を置いて苦笑いした。

『キヨさん、ちょっと…俺たちに時間貰えないかな…』

そう呟いてニノに視線を送った。

ニノも頷くと、キヨさんの手を引いた。

リビングのソファーにキヨさんを座らせる。

『少し待っててよ。コーヒーを淹れるから』

俺がキッチンに立つと、横にニノが寄り添って小声で呟いた。

「相葉さん…やっぱりやめよう…俺はこのままで」

『ニノ…』

俺は首を左右に振って肩をポンと叩いた…

『…俺は今度こそお前を守る』

ニノは俯いてしまう。それから、モゴモゴとしたくぐもった声で呟いた。

「本気かよ…」

『何?』

俯く顔を覗き込む…

「本気で王子様になるんだもんなぁ…」

俺はポンとニノの頭を撫でた。

『なるよ。王子でも何でも…お前と居るためなんだ。』

そう言ってニノより先にグラスに淹れたコーヒーを手に、リビングに戻った。

キヨさんはさすがに何かを感じるのか、少しソワソワした調子で、こちらを振り向いたりする。

『お待たせ。はい、コーヒー』

ソファーの前のガラスのローテーブルにコトンとグラスを置く。

後から来たニノが、俺たち二人分のグラスを静かに置いた。

「ありがとうございます…あの、改まって…何のお話ですか?」

胸に軽く握った拳を当てながら不安そうに俺を見つめるキヨさん。

ピタリと張り付く喉に何とかゴクリと唾を飲み込んだ。

『うん…キヨさん、俺ね…キヨさんの事、母親くらい好きだよ…感謝してる…』

「坊ちゃん…」

『キヨさんに、嘘はつきたくない…他の誰に分かって貰えなくても…キヨさんには…いや、違うな…キヨさんが認めてくれなくても…俺はあなたには伝えたいんだ…』

「…よほど、言いにくい事のようですね…」

『そうだね…誰彼構わず言うつもりはないよ…親父には、多分一生言わないかもしれない…それでも、キヨさんには…』

「分かりました…よほどの覚悟とお見受け致しましたので…聞きましょう。」

キヨさんは姿勢を正す。

俺は息を吸って、隣に座るニノを見つめた。

琥珀色の瞳は随分と怯えた色を滲ませてウルウルと揺れている。

キヨさんに向き直り声を絞り出した。

『キヨさん…俺…弟が…好きなんだ。』

キヨさんはパッと目を見開き、手のひらで口を押さえた。

「ぼ…坊ちゃんっ…」

もう片方の手でぎゅうっと胸元の服を握るのを息を呑んで見ていた。

突然耳に大きな音で入り込んできたのは掛け時計の秒針の音だ。

それがあまりにリアルに時を刻むもんだから、かき消すように続けた。

『恋愛感情を持って、コイツを見てる。ただでさえ男同士だって分かってる。血が…血が繋がってる事も、ちゃんと…分かってる…』

「分かってるって…坊ちゃん…そんな…」

『おかしな話だよね?…』

俺は自嘲気味た笑顔を向ける。

キヨさんはオロオロし始めて、俯いたり左を向いたり右を向いたり忙しい。

『実はね…ニノは…俺の初恋の相手でね。あ、もちろんなんだけど、当時は男だって分かってなかったよ…見た目で勝手に女の子なんじゃないかと思ってたらしいんだけど…母さんがね、シロツメクサの花冠をよく作ってたの…覚えてる?』

「えぇ…勿論です。奥様は手先が器用な方でしたから…」

『母さん言ったんだよね…花冠…守りたい人にあげなさいって』

「奥様が…」

『俺ね、昔、ニノに作ってあげたんだよ。守ってあげるって…約束したんだ』

ニノに視線をやると、居た堪れないとばかりに身体を小さくして固まっている。

『ニノに花冠をあげて、すぐ母さんが死んだ。…そのショックで、俺は随分と色んな事を忘れて意識が混濁した時期があったよね…』

「えぇ…ございました。」

『ニノはその間もずっと酷い虐待に耐えながら俺が助けてくれるのを待ってたんだ…。花冠の約束を信じて…親父に紹介された時、どうしてだかニノの瞳の色に気分が高揚してた。あの頃から…何も変わって無かったのかも知れない。ずっと…出会うのを待っていた気がして…いや、昔の約束が無くてもこうなってたのかも知れない。何回も何回も迷ったんだ。間違いだって…おかしいって…なのに…俺っ』

「坊ちゃん…これは…」

「間違いです」

キヨさんは俺の興奮を抑え込むように言葉をピシャリと発した。

秒針の音がまだ煩くて

何かを聞き間違えたんじゃないかと、涙を堪えた。

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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