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朝、寝癖まみれの頭でリビングに顔を出すと、春子さんがキッチンから歩みより、心配そうな顔で俺を見上げた。
「大丈夫?また青ちゃんと喧嘩した?」
俺は首を左右に振る。
苦笑いして、心配ないよと呟いた。
目が腫れているせいか、春子さんはいまいち納得しなかったけど、朝食を食べ終えた頃チャイムが鳴って、青葉が俺を迎えに来た。
春子さんは満足そうに俺の背中をパンパン叩いて、青葉にいつものように俺のだらしない寝癖の話なんかをしていた。
「もうっ!いいってば!青葉にそんな話しなくても俺の寝癖頭なんか死ぬほど見てるよ!」
ローファーに足を突っ込んで鞄を背中に背負う。
振り向いて
「じゃあね!行ってきますっ!」
というと、春子さんは腰に手を当てて肩を竦め、いってらっしゃいとつまらなそうに呟いた。
青葉はポケットに両手を突っ込んで空を見上げる。
「もうすぐ衣替えだなぁ、ブレザーあちぃ」
青葉は無造作に結った髪のおかげか涼しげな首元を手で仰ぐ。
「だなぁ…」
「泣き虫は帰ってからも泣いてたのかよ…目、赤いぞ」
クルッと振り向いた青葉がヒヒっと悪戯に笑う。
「誰が泣き虫だよっ!泣いてねぇわっ!」
「ほぉ~、そうですかぁ~」
ピンとデコピンされる。
「いてっ!!青葉っ!てめぇっ!待てよっ!」
不思議だった。青葉が青葉のままだったから。
それが嬉しくて、俺は少し興奮していたように思う。
学校の校門が見えた辺りで、そこに立って立番をしているのが冬空だと気づいた。
それは青葉も同じで、騒いでいた俺達は途端に黙り込み、門に向かって静かに歩き出した。
キラキラ光る金の髪、灰色の瞳の持ち主はすぐに俺達を捉えて笑顔で挨拶していた教師から真顔の男に変わる。
俺より先に歩いていた青葉が、冬空の目の前で立ち止まった。
「泣かしてみろ…殺すからな」
まるで挨拶をするみたいに呟いた青葉。
冬空は静かに返した。
「分かってる」
青葉はグータッチするように冬空の胸元に拳を押し付けた。
太陽がチカチカして、空が青くて、夏の匂いがした。
後に続いていた俺が行ってしまう青葉の背中を見てから冬空を見上げる。
「男の約束は守るよ」
冬空はそう呟いて、微笑んだ。
俺は照れたように笑い小さく頷き、青葉を追いかける。
途中、博士も合流して肩を寄せ合い笑い合う。
ブレザーを脱ぐ季節…
俺達は白いシャツに期待や夢を詰め込んで
青春とかいう時間を全力で生きる。
チャイムの響く廊下
隠れてキスする空き教室
ズル休みの保健室のベッド
埃臭い体育倉庫
始まったばかりの恋
期待に膨らむ…小さくて大きな世界
デコレーションにピストルなんて悲しい記憶を塗り替えるように
ブリザードのニューヨークなんて忘れられるように
むちゃくちゃに冬空を好きになる。
誰よりも冬空を好きになる。
手始めに…デートする場所を
決めなくちゃ。
チャイムの音が鳴り響く。
俺達は走り出す。
キラキラと光る 青春の中で…
END