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どうしてだか、一歩も動けないまま、机の上に置いた鞄の取手部分をキツく握っていた。

俯く視界に、鞄に付いた自分のネームプレートが映る。

近づいてくる足音…。

ガタン

教室の扉が音を立てる。

俺は思ったよりスローモーションで顔を上げた。

そこには予想通り、相葉先生が白衣を纏って扉に手を掛けて首を傾げていた。

「ぁ…あのっ…」

『くふふ…2-Aですって…聞いといて良かったよ。』

相葉先生はニッコリ笑っているのに、黒い瞳の中は全く笑っていないように感じた。

「すっすみませんっ!」

俺が謝ると相葉先生はゆっくり生徒の机の間をぬって歩きながらこっちへ近づいてくる。

時折、誰かの机を長い指先でスーッと撫でながら…どんどんと近づいてくる。

俺は軽く擦り足で後ろに後ずさる。

相葉先生は目の前に立つと、俺の前の席の椅子を引いてゆっくり座った。

俺の机に頬杖を突いて下から見上げてくる。

『待ってたんだよ?保健室で』

ゴクリと露骨に喉が鳴ってマズイっと目を閉じた。

『ハハ…何だか…取って食われそうな顔するんだな…』

特徴的な鼻に掛かった声が優しく笑いながら呟く。

「そっそんな!すっすみません本当っ!今、行こうと」

『してた?』

下から覗く鈍く光る黒い瞳。

「は、はい。行こうとしてました。」

『そっかぁ…良かったよ。…だって、何だか見ちゃ行けないモノでも…見たみたいな顔をするんだもん…くふふ…』

笑いながら首を傾げる相葉先生にゾクリと背筋が凍りつきそうだった。

まだ冷んやりする4月…でも、これは季節のせいなんかじゃない。

寒い…どうしよう…

俺が昼間…覗いていたのを知ってる?

いや…俺だって確証は無いはず!

でも…でも…

『まぁいいや…話ってのは今度の身体計測の事なんだけど、保健委員が準備と、あとね、記録頼みたいんだよね。俺、手まわん無いから。去年までどうしてたか引き継ぎないまま前の保健医が産休に入られたみたいで、何も分からないんだよ』

ニッコリ笑う相葉先生は普通の保健の先生に見えた。

「分かりました!…委員会で準備から記録まで、お手伝いします!…話ってそれだけですか?」

相葉先生は丸い目をパチパチさせて、頬杖を突いたまま

『うん。そうだよ。話はそれだけ。……ふふ、何か期待してた?』

とまた意地悪に片方だけ口角を上げて笑う。

俺は一瞬にして昼間の映像が蘇り、鞄を強く掴んで言った。

「きっ!期待なんかしてませんっ!!お話がそれだけならっ!失礼しますっ!」

プイッと鞄を手に立ち去ろうとした手首を掴まれた。

手首を軽く一周してしまう大きな手。

『待ってよ…怒っちゃった?」

さっきまでとは全然違う捨てられた子犬みたいな顔をする。

「ぃえ…お…怒ってませんよ…どうして俺が怒るんです…か、ちょっ!」

『良かったぁ』

相葉先生は握った手を引き寄せ俺の肩に額を押し当てて呟いた。

ふわっと香る甘い香りが、どうしてだかドキドキと心臓を鳴らし始める。

「おっ…重いですっ!」

『ふふ…ごめん、ごめん。怒らせちゃったかと心配しちゃったよ。」

そう言いながら肩から離れる。

白衣のポケットに両手を入れて

『じゃあ、また準備の段取りを連絡するよ』

そう言いながら教室を出て行く。

「わ、分かりました。」

ヒラヒラっと背中を向けたまま手を振る相葉先生。

俺の身体から一気に力が抜けた。

投稿者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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