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マンションに帰り着くと、庵司がそのままハンガーにかかった上等なスーツに着替え始めた。
タイミング良くインターホンが鳴って、燕さんがやって来る。
いつもの診察用の鞄を持っていない。
「燕さん来たよ」
『あぁ…今日はおまえに用があるらしい。』
「え?俺?…庵司、診察は?」
『あぁ…もう大丈夫だ。ちょっと出る。』
「あっ庵司っ!」
俺は何故か大声で庵司の名前を呼んでいた。
どうしてだか、焦っていた気がする。
『るせぇなぁ…デカい声だすなよ』
「ご、ごめん…」
庵司はいつも勝手に出て行く。
人の言う事なんて聞かない。
最近じゃ、浮気三昧だったし、俺に嫌われようとしてるみたいに意地悪だった。
久しぶりのデートだったせいだろうか。
だから、こんな風に調子が狂うのかな…。
玄関のチャイムが鳴り燕さんを迎える。
「雪乃ちゃん、下に車付けてるから」
「ぁ…あのっ!何処、行くんですか?」
「食事だよ。庵司は別件があるからな。またの機会に。さぁ!予約を取ってある。時間だ、急ごう」
俺は燕さんに手を引かれ玄関までやって来る。
「突然ですね…燕さんと食事なんて」
靴を履こうと屈んだ俺の肩に後ろから手が掛かった。
スーツに身を包んだ庵司が俺を引き寄せる。
「どうしたの?」
『似合ってるか?』
胸元から引き離され、上から下までスーツ姿を見定めた。
「ふふ…本当、何着ても似合うんだもん…聞くだけ野暮だよ」
『ハハ、惚れ直した?』
チュッと額にキスされる。
「うん…凄く…素敵だよ」
「雪乃ちゃん…行くよ」
「ぁ…はい。庵司も出掛けるんだよね?じゃ、行ってくるね」
『おぅ…美味いもん食わして貰えよ。じゃあな、雪乃』
「うん、行ってきます」
庵司が軽く手を挙げたのを最後に、マンションを後にした。