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タクシーが、今住んでいるマンションより少し背の低いマンションの前に停車した。

「ありがとう。釣りは良いわ」

燕さんが先に降りて、俺の手を引いた。

「歩けるか?」

「…まだ酔ってるように見えますか?」

タクシーが立ち去り、二人向い合って立ち尽くす。

「燕さんち?」

「…行こう」

燕さんは苦笑いして、歩き出した。

上品なエントランス。

厳重なオートロック。

電車の音…駅が近いんだな…。

エレベーターで最上階。

燕さんがカードキーで玄関扉を開いた。

広い玄関に…

「俺の…靴だ…」

先に入ろうとする燕さんのシャツを握った。

「待って…ねぇ…燕さん…ねぇ…ねぇっ!!」

俺は玄関に備え付けられたシューズラックの扉を開く。

庵司の家にあるはずの俺のスニーカーや、仕事用の革靴が綺麗に並んでしまわれていた。

答えず俯く燕さんの肩を突き飛ばした。

それから、ズンズン中に侵入する。

身体の力が

一気に抜けて

俺はリビングにストンとへたり込んでしまう。

庵司の家にあるはずの俺の物だけがそこに存在していた。

生活するのに必要なTVや冷蔵庫はどう見ても新品で、庵司の物は何一つ無かった。

無機質なモデルルームに、俺の私物だけが織り交ぜられている。

「なん…だ…コレ…何だょ…」

後ろから静かに足音が近づく。

へたり込んだままゆっくり顔だけで振り返ると、燕さんが俺の後ろにしゃがんで肩を握った。

「今日から…雪乃ちゃんの家だ。家賃も前のマンションよりかなり楽になる。仕事場までは電車だろ?駅も近いんだ」

俺は無言で首を左右に振る。

最初は小さく揺れていた首が、髪を振り乱す様に激しくなり、燕さんの両肩に掴みかかり、それでも…声が出ない。

涙が溢れて、明るい茶色のフローリングをポタポタと濡らした。

「ぅ…ぅゔっ…つばめさんっ…何?…コレ…何っっ!!!!」

深夜にも関わらず、大きな声が出たもんだと思った。

燕さんは俺を抱き寄せ、後頭部を撫でる。

「庵司が…言うなっつーから…言わないって約束したんだけどな…こんな泣き虫だって…聞いてねぇよ」

ギュッと首筋に引き寄せられ、俺は唇を噛み締めて目を閉じた。

「庵司が…選んだんだ…このマンションも、内装も、雪乃に合わせて優しい雰囲気にするって」

「庵司は…ぅ…くぅっ…庵司は…どこ?」

抱き寄せられていた胸に手を突き燕さんを見上げた。

「ねぇ…庵司は…」

ドンと拳が力なく燕さんの胸を打つ。

「ねぇ…っ…ねぇっ…庵司はっ!どこなんだよっ!」

二回、三回と弱々しく殴る俺の拳を、燕さんがパシッと乾いた音を立てて握りしめた。

「庵司は…死んだ」

庵司は

死んだ…

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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