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何度起こしても中々起きない雪乃。
事務所でコーヒーを一杯飲んでからもう一度雪乃の身体を揺すった。
「ぅゔ…んぅ~…圭介さん?」
『おはよ。』
雪乃はガバッとソファーから起き上がった。
俺は紙コップのコーヒーを雪乃に手渡す。
「ここ…」
『店の裏だよ。事務所。隣がロッカールーム。まぁ、休憩室みたいなもんかな』
「ごめん…俺、またいきなり潰れちゃった?」
『うん、燕さんが送るって言ってたんだけど、一緒に帰りたかったからここに運んだんだ。ワガママだった?』
雪乃はううん、と首を左右に振る。
「一緒に帰れて嬉しいよ。あ、雪降ってたんだけど、積もってないかな?」
『どうかなぁ、じゃ、それ飲んだら帰ろう』
「うん」
雪乃がコーヒーを飲む間、デスクに座ってパソコンを打ち込んだ。
本社に上げるデータの簡単なまとめだ。
キリのいいところで作業を終えて雪乃と外へ出た。
外は真っ暗。
道に微妙な量で積もった雪は、お世辞にも綺麗とは言い難い有り様で、半分は溶けてビシャビシャ、半分は黒く汚れた固まりになっていた。
空に星はない。
「まだ降りそうだね」
雪乃が空を見上げて白い息がヒュッと広が
る。
『明日はホワイトクリスマスだな』
俺も空を見上げて呟いた。
早番は本当に真夜中の解放になるから、ラストまでより街が静かだ。
俺はソッと雪乃の手を繋いだ。
『雪乃、少し遠回りしてもいい?』
「いいよ。酔い覚ましの散歩…ふふ、人が居ないとこんなに静かなんだね。何だか違う世界みたい」
『あぁ…それなんか分かる。映画とかの世界みたいだよな。世界に一人きりっ!みたいな』
俺が笑いながらそう言うと、雪乃は繋いだ手をキュッと握り呟いた。
「世界に…二人きりだよ…」
俺は完全にドキッと心臓を射抜かれていた。
初めて人を好きになったような甘い少年のような感覚が蘇る。
『雪乃はズルい』
引き寄せて唇を塞いだ。
口の中が熱い。
溶けそうに柔らかな舌先が気持ち良くて、暫く離れられなかった。
雪乃の背伸びした爪先がふらついて身体が離れる。
「ふふ…外だよ」
『世界に二人きりなんだろ?』
「ズルいなぁ~」
『ハハ』
そんな風にふざけ合いながら…
俺は藤田くんに紹介された店を目指した。
いや、正確には、仕事前に訪れたあの宝石商を…。