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nino
『いつぶりかなぁ、ニノとここに来るの』
以前来た時と同じカウンター席に着いた俺たちを大将が元気よく迎えてくれた。
俺からすれば、二人のぎこちない空気を無視した平常通りの雰囲気は救いだった。
『大将、生二つ!』
「はいよ!!」
ガヤガヤとあたりは盛り上がっている。
俺は小さく呟いた。
「…本当に…迷惑かけて…すみませんでした…」
相葉さんが何も言わないもんだから、モジモジと自分の膝下ばかり見ていた俺はそっと彼を盗み見た。
相葉さんはジョッキを片手にぼんやりして見える。
「あの…相葉さん?」
『えっ!あ、あぁ…ごめん!!何?』
「……あ…つ、疲れてますよね?潤くん…有休中だって」
相葉さんはへらっと笑うとまた俺の頭を撫でた。
『心配いらないよ。もうかなり慣れたし、近く帰ってくるから。今ね、北海道なんだって。フフ、あいつ仕事人間だからさ、たまにはこれくらいの休み、良い機会だよ。』
「そうなんだ…北海道かぁ…そういえば翔さんも今出張で北海道に」
『え!…マジ?…松潤そういえば相手のワガママで北海道に行くって』
俺は一瞬考えて相葉さんと目を合わせた。
「潤くん、翔さんといるんだ…」
『どうやらそうらしいね』
ニコニコする相葉さんはビールを煽った。
その横顔を見ていると、なんだか俺も嬉しくなって、同じようにジョッキを傾けた。
翔さんが言ってた気の強いお気に入りって潤くんの事だったんだ。
俺はほっとしていた。
潤くんが大切だったから、あのまま俺に縛られていたら…なんて、なんとも自惚れた心配をしていたからだ。
『なんだかモタモタしてるのは俺とニノだけみたいだね』
相葉さんがそう言うもんだから、俺はクスクス笑ってそうですね、なんて答えてハッとした。
“モタモタしているのは俺とニノだけ?“
何を?
俺は相葉さんの顔を見るのが怖くて俯いてしまう。
その時、膝に置いていた手に相葉さんの手が触れた。
驚いて彼を見つめる。
『ニノ…あの日から、沢山考えたんだ』
綺麗な闇の色をした瞳に、しっかり俺が映っていた。
『どうしてニノが付けてるキスマークが気になったのか、どうして、あの日、キスしたのか…ずうっと考えてたらね、俺…ニノに会いたくなってさ、仕事は片付かないし、朝は早いしで随分遅くなっちゃったんだけど、偶然。俺も今日連絡するつもりだったんだよ』
「そ、それって…」
『うん…俺ね………ニノが好き。』
「………ぅ…そ…」
ハッハッと短い息が上がる…心臓がバクバクして、さっき煽ったビールに毒でも入ってたんじゃないかと、ジョッキを片手に中を覗き込んだ。
『ニ、ニノ、何してんの?』
「えっ!?な、何って!!これ夢じゃないかって!さっき俺、一気したから、あの時みたいにまたカウンターで二時間も寝ちゃってて!」
『ハハ…参ったなぁ…俺もこれが夢だと困るよ…。そうだ…こうしたら…』
相葉さんが俺に向くと、頬に手を掛けた…
綺麗に整った顔が傾いて近づくと、俺の唇にフワリと優しく重なった。
目なんて閉じれるわけもなく、離れた唇を凝視してしまう。
カチカチに固まって完全にフリーズ状態だった俺を現実に引き戻したのは追加注文していたビールを差し出した大将だった。
「なんだなんだぁ!お前らもう酔っ払ってんのか?相手は男だぞ」
さっきのキスを酔ってると捉えた大将がガハハと笑う。
すると、相葉さんがなんの躊躇いもなく応えた。
『大将!違うよ!俺、今真剣に口説いてるんだから!茶化したらまたニノがどっか行っちゃうでしょ!』
「おっと、そりゃ悪かったよ。そうかそうか、にいちゃん!」
大将はカウンターの向こうからグイっと顔を出して俺を呼んだ。
「は!はい!」
口元に手で衝立を作りニヤっと囁いてくる。
「こいつは良いい男だぜ。決めちまいな。あっちの方は保証しねぇけどな」
「あっち…」
俺はハッとして噴火しそうなほど頭に血が昇った。
やっぱりこれは悪い夢なんじゃないか。
『大将!そっちも…その…大丈夫だから!!ニノ!心配ないからね!!』
ムッと強がる相葉さんを見ていた俺は知らずに声を出していた…
こんなに真っ赤な相葉さん、初めてみる…
「ふふ…」
『ニ…ニノ?』
「ふふ…あはは!相葉さんこんな公衆の面前で!っクク…何言ってんですか」
腹を抱えて笑う俺に、相葉さんは肩を下ろした。そこで初めて彼も緊張していた事を知る。
俺のために、必死で平常心を装ってくれてたんだ。
あぁ、そうだ。俺、この人のこういう気持ちを大切に出来る優しいところが好きだったんだ。
懐かしい片思いに溺れていた時の感覚に愛しさが込み上げて相葉さんを見つめた。
相葉さんは俺に優しく微笑む。
『ニノ…俺で良ければ…付き合ってくれない?』
俺はどうしようもない程嬉しくて笑顔を失敗して
泣いてしまった。