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何組かのバンドが出番を終えて楽屋に引きあげてくる。

譜面は始まる前から既にぼろぼろだった。

正直、どれくらい弾き込んだか知れない。

久しぶりの本気は、高校で初めてあの人からピアノを教わったあの頃みたいに手首に痛みをもたらしていた。

胸元に抱えた譜面を持つ手首が時折ズキンと痛む。

これはまーくんを傷つけた代償。

そして、取り戻す為の名誉の負傷となる事だけを願った。

目尻に皺を作り、クシャっと笑ったあの顔が、少し心配そうに色を変え、ゆっくり近づいて俺を抱きしめる。

細いくせに長い手足と均衡のとれた締まった筋肉を纏った身体で、俺をすっぽり包み込む。

俺は胸いっぱいになるまで、彼の香りを吸い込む。

ここまでくるまでに、何度もそんな事を妄想していた。

耳元で囁く君の言葉だけが…今も聞こえない…。

楽屋の時計が七時を過ぎた。

押してるせいで、出番が少し遅れている。

袖から客席を覗いたけれど、まーくんの姿は見えなかった。

ドキドキがドクドクと不安を煽る音に変わる。

嫌だなぁ…って胸元の服を掴んだ。

こういうのは、得意じゃない。

「ニノ!出番!スタンバイして」

バイト仲間が楽屋に声をかけて忙しそうにはけていく。

俺はステージで照らされているピアノを見つめて、小さな溜息を落とし、そこへ向かった。

まばらな拍手。

タバコの香り。

ライティングのせいでボンヤリとしか見えないはずの客席は、怖いくらい冷静に現実を突きつけた。

そこにまーくんは

居なかったから。

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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