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夜間の救急外来窓口の方に横付けされたタクシー。

財布から一万円札を出し運転手に叩き付けた。

「シート!濡らした分です!」

終始嫌味な表情でバックミラーを使い、濡れた俺を嫌がっていた運転手はパッと表情筋を働かせてありがとうございますっ!と調子良く頭を下げた。

俺はタクシーから飛び出して、受付の警備員に齧り付くようにまーくんの名前を伝えた。

「相葉っ!相葉雅紀ってどの病室ですかっ!!死んでませんよねっ!!あのっ!!」

「ちょ!ちょっと君、落ち着いて!」

「はぁっ?!!落ち着けるかよっ!!くそっ!もういいっ!!」

「きっ!君っ!!」

俺は薄暗い病棟の中を突っ走った。

時折点滴を下げた老人がヨタヨタと廊下を歩いている。

談話室の自販機がボンヤリ辺りを照らしていて、そこで飲み物を買う男の後ろ姿に慌てて立ち止まった。見覚えがある背中。

久しぶりに走ったせいで息が上がっていた。

歌い過ぎて声も掠れてしまう。

「ま…まーくん?」

ガタンッ!と自販機から缶が落ちる音にビクッと自分の肩が跳ね上がってしまう。

男は俺の声にゆっくり振り返った。

『ニノッ!??』

まーくんは心底ビックリした表情で俺を見つめた。

俺はその黒い瞳と目を合わせた瞬間、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

まーくんが慌てて駆け寄ってくる。

『ニノっ!大丈夫?何で?何でこんなびしょ濡れなんだよっ!』

床に手を突いて震える身体を支える。

「何でじゃないょ…何でじゃないっ!!」

背中をさするまーくんをキッと睨み付ける。

『シッ!ニノ、ここ病院だから…ね』

唇に手が当てられ、そのまま引き上げるように立たされる。

俺は自分の濡れた身体を抱くように腕を絡めフイと視線を逸らした。

『ニノ…翔先輩から連絡無かった?』

「あったよ!あったから!!何で!何でまーくん呑気にコーヒーなんか買ってるんだよ!事故に巻き込まれたんじゃなかったのかよっ!」

捲し立てるように吐き捨てると、まーくんはパチンと顔面を手の平で覆い隠し呟いた。

『翔先輩…巻き込まれたって…あぁ…そういう事か』

「はぁ?どういう事だよ!」

まーくんは参ったと言わんばかりの表情で話し始めた。

『今日ね、時間通りに出たんだよ…七時に、ちゃんと観に行くつもりだったんだ。そしたら、雨でバイクがスリップして、お婆さんが目の前でそのバイクとぶつかって事故しちゃってね。俺もかなりパニックだったんだけど、とりあえずニノの携帯は一度鳴らしたんだけど、繋がらなくて』

繋がらなくて…という言葉にハッとした。

リハの時、持ったままなのを気づいてとりあえず面倒で電源を一回落としたんだ。

『だからね、翔先輩に連絡したんだよ。ニノに伝えて欲しいって。手短に話したせいで伝わって無かったのかな…こっちもお婆さんが相当パニック起こしちゃって、息子さん、今ね、離れた所に住んでるらしくて、来るまで側に居てくれって泣きつかれちゃって、なかなか連絡するまで時間かかっちゃったんだけど』

話の内容が、あんまりにまーくんらしくて、俺は放心していた。

『ニノ…ごめん…何だか凄い勘違いさせちゃったみたいで』

俺はツカツカと自販機に向かい、さっきまーくんが買ったコーヒーを取り出した。

それをまーくんの胸元にグッと押し付けて、下から睨み付ける。

「翔ちゃんに…何て伝えてって言ったの?」

まーくんは眉根を寄せ、顎を引いて、それから優しく微笑んだ。

『絶対行くから…待っててって…そう伝えたよ』

俺はまーくんの肩にトンと額を寝かせた。

「待ってたんだ」

『うん』

「客席に居なくて…」

『…うん』

「怖くて…」

『ニノ』

「まーくん…俺」

まーくんは俺の肩に手を掛けて、ゆっくり引き離した。

拒まれたのかと、今にも泣きそうな顔になったに違いない。

そうしたら、まーくんが優しく呟いた。

『まだ…間に合うかな』

「…え?」

『ニノの歌とピアノ…まだ俺に聴くチャンスある?』

ブワッと涙が込み上げて、久しぶりに俺を甘やかすトーンの声音に抱きついてしまいたかった。

だけど…

まだだ…

俺の想いを、ちゃんと伝えなきゃ。

「ぁ…当たり前だろ。」

『良かった…ちょっと待ってて。』

あったかい缶コーヒーを俺に手渡して奥でボンヤリ光るナースステーションに向かって駆けていくまーくん。

看護師の女性と話をして、こっちに戻って来た。

『お婆さん、寝ちゃってるから頼んで来た。…ライブハウスは…もう入れないよね?』

まーくんは困ったなぁと考え込む。

「ハイツ…行こ…」

『ぇ…』

「まーくん…行こ」

俺はまーくんの手を握り引っ張った。

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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