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オムライスとカレーが好きだ。

家庭の味ってか、母ちゃんの味…なイメージだから。

オムライスなんかは、半熟卵で、ナイフなんかの切れ目を入れて、ふわぁってトロける中にデミグラスソースをかけて食うヤツじゃない。

俺のオムライスは赤いケチャップライスの中に、薄い輪切りにしたウインナーが入ってて、玉ねぎがみじん切りで、たまに栄養がどうとか言ってピーマンのみじん切りまで混ざってるヤツ。出来たケチャップライスを茶碗とかに詰めてカパって皿の上で裏返すと山の形になる。その上に、薄焼き卵をかけて包んでもらって、ケチャップで名前を書いてもらう。

まだ平仮名しか読めないから、てんまって。

“ま”が難しくて、いつもデカい。

カレーは市販のルウで、入ってるもんなんて、箱に書いてある通り。人参とジャガイモと玉ねぎと肉。

ただ、隠し味っていうのが最後に入るのが愛情ってヤツなんだろ?

ケチャップを少しと、とんかつソースを少し。

それが入ってるなんて、言われなきゃ分かんねぇくせに…俺はそのカレーが好きだった。

いつだってそんな簡単な物が…

手に入らない。

ロッカーで着替えを済ませて、リュックを背負う。扉を閉めて俯いた。

手に入らない…愛しい人を想いながら、スニーカーの爪先をジッと見つめてると、小さい頃を思い出す。

俺が持ってる、少しだけの幸せな思い出。

カレーライスとオムライス。

唇を噛み締めて店を出た。

裏口から出て、駅へ向かうのに、表に回る。

下を向いたまま歩道を歩いていると、大きくて高いクラクションの音が響いた。振り返ると、いつぞやの高級車に窓から手を突っ込んで外からクラクションを鳴らす燕さんが見えた。

俺は顔を顰める。

車から離れて近づいて来た燕さんは怪訝な顔をする俺を見て肩を竦めた。

「露骨に嫌そうな顔すんなよ。…電車だろ?送ってやるよ」

「送ってもらう理由が無いんで…じゃ」

「圭介の話…聞きたいだろ?」

二、三歩歩いた俺は立ち止まってスニーカーの爪先をジッと見つめた。

手に入らないと分かった人の話…。

ゆっくり振り返ると、燕さんはチャラそうな笑顔で親指を車に向けて揺らす。

俺は呆れたように溜息を吐いてゆっくり彼に近づいた。

高級車の中は独特な革の香りがする。

助手席に座った俺は胸元に安物のリュックを抱いて座席にふんぞりかえった。

「良い車っすね」

「…あぁ…悪くないだろ?」

「…」

黙って窓の外を見つめる。少しだけ、雪が降っていた。

「ちょっとだけ寄り道していいか?」

「…別に」

運転席でクスッと笑う声がしたけど、ムッとしたままそれ以上話さなかった。

疲れていたのか、俺は気を許したつもりもないのに助手席でしっかり眠ってしまっていて驚いた。

運転がべらぼうに上手かったせいだ。

「天…天ちゃ~ん…チューしちゃうぞ」

その声に俺は飛び起きた。

燕さんは眉間に皺を寄せて

「おっまえさぁ、マジで嫌がんなよ!おっさん傷つくわ」

と悲しそうに言った。

「何がおっさんですか…十分若いでしょ、燕さん」

停車した車は港の倉庫の前だった。

目の前には夜の海が静かに水面を揺らしている。

「今年で36だから若くはねぇな」

「ゲッ!マジッ?!」

「ゲッて…サバ読んでなんか得すんのかよ」

車から降りた燕さんにならって外へ出る。

潮風が寒くて、雪がチラつくせいで寝起きの俺は軽く身震いした。

「寒いなら車乗ってろよ。一本吸ったら戻る。」

そう言った後ろ姿にまた冷たい壁を感じて俺はその場に膝を抱いてしゃがみ込んだ。

「待ってますよ…おじさん寂しそうだから」

そう言ったら、燕さんがプッと吹き出した。

「アハハ」

「何ですかっ!」

「いやいや!やっぱ天ちゃん可愛いなぁ。すげぇタイプ。俺ツンデレ大好きなんだよなぁ」

「良い趣味してますね」

「アハハ、良く言われる」

ザァン…ザァン…繰り返す波音を聞きながら、雪が海に溶けるのを見ていた。

燕さんのタバコの光を下から見上げると、長い指の間に挟まったソレを差し出して

「吸うか?」

と聞くから、苦笑いして首を左右に振った。

すると、燕さんは遠くを見るように話始めた。

「雪乃には…彼氏が居たんだ。ソイツ、どうしょうもない奴でね。日本人離れした綺麗な奴だったんだよ。誰の目も引くような魅力的な男だった。ソイツ、誰にも本気になった事ないくせに、初めて雪乃にハマってさぁ。なのに…死んだんだ。」

「ぇ…」

燕さんは苦笑いする。

「雪乃さぁ…そのせいでちょっと頭おかしくなっちまって…あぁ…俺、医者まがいな事やってんだけど、そっちは専門外でさ…四苦八苦だったよ。圭介が雪乃の側に居なかったら…きっと今頃、雪乃も死んでた。…圭介は…ずっと元カレの代わりをしてたんだよ。」

「か…わり?」

「アイツ、ずっとブロンドだったろ?髪。」

「…はい」

「雪乃はずっと圭介を庵司(アンジ)だと思い込んでたから。」

「庵司…」

「あぁ、雪乃のバカな元カレの名前な!庵司はずっとブロンドだった。どういう経緯か知んねえけど、圭介はずっと庵司の真似事をしてたんだ。雪乃も、圭介を庵司って呼んでたから…」

「そんなっ!店長かわっ!可哀想じゃないですか!」

「だな…俺も…そう思ってた。だけど…圭介は雪乃を愛してる。庵司の分もだって…あんなチャラ男が言うの。ウケるだろ?」

俺は燕さんの言葉に俯いてしまう。

店長は確かにチャラチャラしてるんだけど、本当に優しくて、本当に正義を知ってる人で…あの人みたいに誠実な人は、実は居ないと思ってる。

「今、天ちゃんが思ってるのが正解。」

「え?」

黙り込んで膝を抱いていた俺に笑いかける燕さん。

「圭介はいい奴なんだ。多分、俺もアイツみたいに強くて優しい男は他に知らないよ。だから…雪乃は救われた。雪乃から…圭介を奪う訳にはいかないんだ。」

俺は白い溜息を吐きながら立ち上がった。

「燕さんも俺に釘刺しに来たって」

「そう思ってくれて構わないよ。」

まだ話してる最中なのに、燕さんは風に靡く長い前髪の隙間から鋭い目で俺を射抜いた。

ゴクっと喉が鳴って、一歩後ずさってしまう。

「雪乃には圭介が必要なんだ。」

「ど、どうして燕さんがそこまで言うんですか?」

その問いかけに、燕さんは俯いた。

「庵司を…見殺しにしたのは俺だからだよ。」

「えっ…何言って」

「助けられなかった。死ぬつもりなのがわかってるアイツの言う通りに雪乃を連れ出して…雪乃の意識を逸らす事を手伝って…アイツを止められなかった。雪乃から…庵司を奪ったんだよ。」

「燕さん…」

燕さんは何か苦しい事を思い出しながら、吐き出すように語った。

俺まで何だか息苦しくなる程で、気付いたら後ずさった足が燕さんに向いていた。

そっと冷たい頬を包む。

「…苦しいの?泣いちゃうくらい…」

首を傾げてそう聞くと、黙って涙を流した燕さんが頰に触れる手を上から包んだ。

「天ちゃん、手あったかいな…」

その時、苦しいくせに笑う燕さんが嫌で、何かを誤魔化そうとするのが嫌で、俺は何故だか、背伸びして唇を塞いでいた。

自分でも、驚く行動。自然と引き寄せられた。それが本心。

ただ、冷たい唇同士が、一瞬だけ触れるキス。

「大人も…泣いていいんですよ…」

「天ちゃん…」

「泣いて良いんですよ…そんな風に、笑うくらいなら」

泣けない辛さを…俺は知っている。

燕さんはビックリした顔をして、俯いた俺をギュッと抱きしめた。

「ちょっ!燕さんっ!離してくださいっ!」

「アハハ!やぁだね。…決めた!」

「何をですか!もうっ!離せってば!」

「天ちゃん今何時?」

「はぁ?!今…2時ですよ!真夜中ですっ!」

「じゃ、25日だ!クリスマス!」

「それが何なんですか!」

ジタバタする俺をギュッと離さないまま燕さんが言った。

「俺、今日誕生日なんだよね!」

「えっ?!クリスマスなんですか?!」

「そ、だから、プレゼントくれない?」

「プップレゼント?そんなもの俺、持っ」

「天ちゃん」

「へ?」

「俺のモノになってよ。」

ジタバタしていた身体がピタリと動かなくなってしまう。

バカな事をチャラけていう燕さんを見上げると、綺麗な顔が俺を見つめて、腰を引き寄せられる。

「圭介が好きでも良いよ。とりあえず身体からってどう?」

俺は戯けて見せる燕さんから目を逸らせなかった。本心が読めない。ただ、自信ばかりを感じる。

「大丈夫、すぐ俺を好きになるから」

燕さんはそう言って俺に口づけた。

一瞬、店長の顔が浮かぶのに…

冷たい氷の壁を感じる燕さんの事が放っておけなくて…

俺は目を閉じていた。

雪が頰に降って、じんわり溶ける。

燕さんの寂しい色が、どうしてだろう…

俺の色と

重なって見えた。

著者

ninon

オリジナルの小説を書いていきます。 嵐さんの大ファンです。 黄色を愛でる幸せに生きています。 二宮和也Addiction... どうぞよろしくお願いいたします。 尚、このブログ作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ございません。

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